Artigiano-Tokyo Ginza (東京銀座店)店長の山田です。
今月のテーマも折り返しになりました。
前回の内容に引き続き今月のテーマ『ナポリの構築』についてお話します。
ナポリ仕立てとは何か?ですが、
『あくまで”仕立て方”を指すものであり、特定のハウススタイル(構築的、ナチュラルといったディティール)を指すものではない』ということを前回お伝えしました。
意外に思われるかもしれませんが、アンコン仕立て(unconstructed=非構築)、そしてセンツァ・インテルノ(芯地無し)と呼ばれるスタイルは、数あるナポリ仕立ての”表現方法”の一つに過ぎません。
では伝統的なナポリ仕立てのディティールには、どのようなものが挙げられるのか?
と言えば、やはり『英国調』でしょう。
これにはナポリを代表するサルトリアの名門『ロンドンハウス』の影響も大きいとされます。
『ロンドンハウス』は初代”ジェンナーロ・ルビナッチ”が、”ヴィンツェンツォ・アットリーニ(あのアットリーニの初代人物)”をキーマンに迎え、今から97年前に創業した老舗中の老舗です。
この2人はルビナッチの義父の店で共に働いていた仲間でありました。
ナポリでは英国的な紳士スタイルは一種のステータスでした。初代ルビナッチも、その店名の通りロンドンハウスを『サヴィル・ロウの仕立てを受け継ぎ、サヴィル・ロウの延長線上にある店』と位置付けていました。
そのような背景も影響し、ナポリの歴史の中で格調高い仕立てと言えば『英国調』なのです。
しかし、英国調が至高とされた時代、初代アットリーニのライバル的存在である伝説的な仕立て職人が、もう一人存在しました。
それが前回紹介した故:フェリーチェ・ビソーネ氏の師匠に当たる『ロベルト・コンバッテンテ』。
今回のテーマにかかわる重要な人物です。
以前のブログで『初代アットリーニがナポリ仕立ての開祖』と取り上げましたが、もう一人の開祖と呼ばれる人物がこのコンバッテンテ氏です。
初代アットリーニが貴族から愛された光の下の実力者であれば、コンバッテンテ氏は奥ゆかしく控えめな影の実力者でした。
彼の功績のほとんどが歴史に埋もれ、知る者が少ないとされます。
しかしその天才的な仕立てを知る者は確かに存在します。それが大成した弟子たちでした。
バイブル的良書『ナポリ仕立て 奇跡のスーツ(集英社 2006年発刊)』の中で、弟子の一人であるアントニオ・パニコ氏は、当時取材に対しこう答えています。
『世間ではナポリ仕立てと言うとアットリーニを讃えるがそれは正しい認識ではない』
『史上最高のサルトは、私の先生だ』
パニコはかつて初代アットリーニの後釜としてロンドンハウスに招かれた人物ですが、”最後にして最高のマエストロ”と呼ばれ、多くを語らないパニコ氏にここまで言わしめる存在が、コンバッテンテ氏だったのです。
更に本テーマの軸であるビソーネ氏も、取材で以下のように答えています。
『(パニコについては何も語りたくないが)コンバッテンテ先生は最高のサルト・フィニートだった。』
『彼は天才だ。パーフェクトだった。』
個人主義が重んじられるナポリにおいて、第三者の前で師を褒め称えることは異例です。犬猿の仲とされるパニコ氏とビソーネ氏が、口を揃えて師への敬愛の念を語るという事実に、彼らにとっていかにコンバッテンテ氏が偉大で、愛すべき存在だったか伺えます。
※この取材の中では、コンバッテンテの功績についてナポリ仕立ての定説を覆す衝撃的な証言がいくつも語られています。
ナポリ仕立てを代表する巨匠へ育った多くの弟子たちが、その原点(ルーツ)を冒頭の名店ロンドンハウスではなく、いち仕立て職人であるコンバッテンテ氏に見出しているという点は、非常に興味深いことです。
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コンバッテンテ氏に師事したサルトの中で、彼の仕立てを最も忠実に守っていたのが、ビソーネ氏とされます。
彼の仕立てる服の特徴は、反り返るようなコンケープドショルダーから生み出される気品。
フロントライン(前裾)のフレアカットは華やかでありながらやりすぎない、”これ以上ない”と言いたくなるバランスです。
対して、袖山(肩先のこと)は柔らかなシルエットであまり誇張せず、奥ゆかしく仕立てているのが特徴です。
メリハリの中に宿る優しいシルエットで、威圧感を与えにくいのもポイントでしょう。
生地をしっかりといせ込み、脇下が高い位置にある詰まったアームホールなど、師から教わったナポリ仕立てを忠実に守っています。
そのハウススタイルもさることながら、フィッター:コスタンティーノ氏とのタッグブランド『コスタンティーノ』は、顧客のもとに出向いて採寸するという昔ながらの『出張採寸の復権』も担っていました。
ビソーネ氏とタッグを組んだ当時のコスタンティーノ氏はまだ20代。クラシコイタリアに『今』求められるものは何かをフィッターである彼が落とし込み、ビソーネ氏にアウトプットすることで生まれた『ナポリ仕立ての原点回帰』が、コスタンティーノと言えます。
日本ではあまり名の知られていないコスタンティーノ=ビソーネ氏の仕立てですが、その実ナポリのトップに君臨するサルト・フィニートの一人であり、ナポリ仕立ての原点を知る数少ない人物です。
ビソーネ氏は2022年に逝去し、新たな仕立てを手にすることはできません。しかしナポリ仕立ての持つ文化や意義を世に広めるため始めたコスタンティーノの試みは、ナポリ仕立てに新たな風を呼び込みました。
彼らの生み出した仕立て品に敬意を持ち、当店もその素晴らしさを後世に残していけたらと考えています。
明後日1/18(木)はいよいよ後半便の到着です。
当店としても手放すのを躊躇する弩級の貴重品を追加投入します。
オーナーの在店期間も今週末20-21日ですので、ぜひコスタンティーノやパニコを主とする“ナポリ仕立ての構築”の魅力に触れて見てください。
皆様のお越しを心よりお待ちしております。
Artigiano-Tokyo Ginza